洲崎大神(武蔵国橘樹郡神奈川宿青木町御鎮守・洲崎神社)情報

拝殿
 (拝殿は毎月一日十五日開扉)

平成二十九年度 祭日
 六月 九日(金)    例 祭 午前十時執行
 同月十一日(日)    神幸祭 午前八時発輿・午後八時頃還御 予定
             巡幸路情報(GoogleMap)
 同月 九日から十一日  神 賑 旧青木町内

*各町の催事については各町会にお尋ねください。

*祭日の慣例について
 先の大戦前は,六月六日・七日・八日が祭日とされ,その間各町内はお祭一色となった。
 大戦を経て,交通など社会事情の変化によって前後の土・日・月曜日となり,
 昭和五十年代半ばからは直近の金・土・日曜日に改められ,
 現在は,六日以降の金・土・日曜日となっている。

→交通情報
 地図情報(MapFan)
 京急まちWeb 神奈川駅 京浜急行電鉄

 御神輿
昭和5年 行徳 後藤直光師作

 

 

提灯行列
下はYOUテレビより

 

由緒本文

由緒箇条

社名

御社殿写真

 

洲崎大神 由緒略記

 

 

社 名

洲崎大神
(すさきおおかみ/すさきだいじん)

 

 畏くも御祭神天太玉命は往昔祭政一致の時代より神祇政治の祖神として信仰され、天比理刀賣命はその御妃でいらっしゃいます。
 源頼朝公は石橋山の合戦に敗れ、相州真鶴より海路安房に渡り、安房洲崎の安房神社に参籠、再起を祈願した後、遂に天下を平定して鎌倉幕府を開かれました。公はその神恩を忘れず、その後すぐに、この地を撰定して安房神社の御分霊を勧請、一祠を創建し、幕府直轄の神社として代々祭典を厳修させなさいました。頼朝公奉献の神鏡が今に伝わるといいます。また、式年、神職吉田家に烏帽子・狩衣が親子の分として二着ずつ贈られたといいます。当宮大祭の折には、御神輿を社前の海に担ぎ入れ、安房御本宮の御本霊と海上にて御会合になる御濱下り祭が執り行われており、現在では御神輿を海に担ぎ入れることはなくなりましたが、その祭事は今に到る迄絶える事なく続けられています。
 当社は数回の祝融に遭ってきました。殊に大正十二年九月一日震災、昭和二十年五月戦災等、氏子と共に炎上しましたが、その度に氏子民の協力奉仕により再建復興されています。戦災の後、昭和三十一年六月竣工奉告祝賀祭を斎行しました。
 又、明治元年東京遷都明治天皇御東幸の砌、当社境内は内侍所の御奉安所として御撰定を授かった聖蹟記念の地であります。因に、昭和十五年の御鎮座七百五十年祭に続き、平成二年同八百年祭が執行され、その際日本有数の御神輿を横浜そごう駐車場にて奉舁しました。

  平成二十九年四月 

鎮座地

横浜市神奈川区青木町五番地二十九

 

祭 神

天太玉命  (あめのふとだまのみこと)
天比理刀賣命(あめのひりとめのみこと)

 

相 殿

素盞男命  (すさのおのみこと)
大山咋命  (おおやまくいのみこと)

 

例 祭

六月六、七、八日
(現在は年によって異なる)

 

創 立

建久二年六月二十六日
(西暦一一九一年)

 

 

 

 

宮  司 吉 田   錦
氏子代表 上 野 健 彦